将棋の館−盤上のドラマ−/盤上シアター81/打倒大山に命をかけて−情熱の男・山田道美

打倒大山に命をかけて−情熱の男・山田道美


 昭和30年代・40年代中頃までは、大山名人の天下でした。その大山名人を相手に、
”打倒大山!””打倒振り飛車!”を声高に叫び、文字通り”命を賭けて”大山名人に立ち向かって
いった情熱の男−それが山田道美です。

 しかし大山の壁は厚く、昭和40年名人戦・41年王将戦とことごとく挑戦をはね返されてきました。
特に惜しかったのは王将戦での対決。
 このとき山田は第4局までに3−1と大山をリード。”新王将誕生”・”宿願の打倒大山達成”と
誰もが思ったでしょうが、巨人・大山は残りの3番を立て続けに連破。
 4−3で山田の悲願を打ち砕きました。

この頃には二人の関係は悪化。俗に言う”水と油”という奴で、大山としてもあまりにも山田が
”打倒大山!”を叫ぶので内心不愉快だったのでしょう。
 熟考する山田が盤上に乗り出してくると、”暗くしなさんな!”と一喝したそうです。

 しかし昭和42年の棋聖戦では、3−1で見事大山からタイトル奪取!宿願を果たしました。
 彼が残した対振り飛車”山田定跡”は、今日青野九段に引き継がれ、”鷺宮定跡”として現代に
生き続けています。
 また彼は”研究とは一人でするもの”という定説を覆し当時の有望な若手たちを自分のアパートに
招いて共同研究を行いました。
 そのなかには、のちのビッグネーム中原永世十段や米長永世棋聖の名もあります。

第10期棋聖戦五番勝負第四局
YAMADA
 図は記念すべき打倒大山の一戦。 上図からの手順   △37歩▲同玉△25桂▲48玉△69角▲58銀△37桂成▲同玉△58角成▲34銀打ち   △25桂まで山田勝ち  ついに宿願の打倒大山成る!  ▲44歩がくる前の△37歩が絶妙手!放置すれば△39角。▲44歩では△38金▲18玉  △73飛▲43銀△21玉で後手勝ち。  大山をタイトル戦で1度倒したとは言っても、まだまだその志は道半ばであったことでしょう。  しかし昭和45年、血液中の白血球が減少する奇病に冒され、現役中に帰らぬ人となりました。 まだ36歳の若さでした。  葬儀のとき、彼の幼いご子息が”僕は医者になってお父さんのような病気の人を治してあげたい。” と泣きながら話していたのが、参列者の涙を誘ったといいます。  もし彼がもっと長生きをしていたら、対振り飛車戦の戦術やその後の将棋界の勢力地図が、かなり 変わっていたことでしょう。  かくいう私も、山田先生の対局は棋譜の上でしか見たことがありません。  残念です。
地獄から天国 中座真の奇跡

命の炎を燃やして さらば村山聖

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