将棋の館−盤上のドラマ−/盤上シアター81/甦った不死鳥−谷川VS羽生

甦った不死鳥−谷川VS羽生


  1995年の死闘を制し、誰もがこれでしばらく七冠はないだろうと思ったはずだ。
何しろ6つのタイトルを全て防衛し、なおかつ王将戦の挑戦者決定リーグで優勝しな
くてはならないのだから・・・

  しかし96年の防衛戦で、谷川の目の前に座っているのはまぎれもなく羽生だった。
それも前年同様六冠をひっさげて・・・(私が思うにこれは”七冠”以上に”奇跡”
である。)
  この年の王将戦はこの時点で勝負がついていた。破竹の勢いの羽生に比べ、谷川に
は全くと言っていいほど好材料がなかった。
  1996年2月14日、史上初の七冠王が誕生した。
  勝者に浴びせられるまばゆいばかりのフラッシュの嵐を、谷川はどんな思いで見つ
めていただろうか・・・

  だが、二人の対決はまだ終わらない。8ヶ月後の10月、今度は谷川が羽生の持つ
タイトル”竜王位”に挑む。
  この時の谷川は、もはや王将戦の頃の谷川ではなかった。ニックネームの”光速の
寄せ”が炸裂。
  竜王戦史上に残るであろう妙手の数々で羽生を粉砕。4−1で見事に宿敵を倒す。

  そして舞台は97年の名人戦へ。羽生への挑戦権を獲得したのは、またも谷川だった。
  ”名人位”は棋士にとって特別の思いの棋戦だと言う。その”名人位”を5期獲得
したものには、”永世名人”の称号がおくられる。(”グランドチャンピオン”だと
思って下さい・・・)
  現在のようなタイトル戦の形式(昔は世襲制)になってから60年で、わずか3人
しかいない特別の栄誉。(木村・大山・中原)
  97年の名人戦開幕時点では、羽生3期・谷川4期。
  事実上、次の永世名人を決める戦いは、谷川の攻めが爆発。4−2で羽生から名人
位をもぎとり、史上4人目の永世名人を手にした。

  ・・・これからも、二人の熱い戦いは続く。
  (97年10月23日、王座戦5番勝負決着。
    羽生3−2谷川
    羽生は2連敗の逆境から3連勝。大逆転で王座戦V7)





意地の7冠阻止”谷川浩司の意地” 谷川VS羽生

地獄から天国 中座真の奇跡

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