将棋の館−盤上のドラマ−/盤上シアター81/死闘の名人戦−中原VS大内

死闘の名人戦−中原VS大内


  名人への道は長く険しい。
  名人の下には、5つの階級がある。
                          名  人 
                            ↓ 
                          A  級
                            ↓
                         B級1組
                            ↓ 
                         B級2組
                            ↓
                         C級1組
                            ↓
                         C級2組
  
  新四段は、最下位のC級2組に編入され、昇級をつづけ(各組で上位2位もしくは
3位以内の成績をあげると、昇級できる。反対に”降級”もある。)トップクラスの
A級で優勝すると、名人への挑戦権を獲得できる。
  つまりどんなに羽生が強くても、デビュー1年目で名人には絶対になれない。
  ちなみにデビューからA級まで、毎年昇級をつづけたのは、二上達也(現将棋連盟
会長・あの”羽生善治”の師匠である)・加藤一二三(通称”秒読みの神様”・
”神武以来の天才”)・中原誠(現永世十段)の3人だけ。
  谷川はデビュー1年目、次点に終わる。(以後は毎年昇級)羽生にいたっては、B
級1組までに6年かかっている。
  というわけで、棋士の名人に対する思いは強い。
”名人になれたら死んでもいい。”という人さえいるくらいだ。

  昭和50年・・・中原名人V3のあとをうけて、4年目の相手は大内八段(現九段)。
 大内の”穴熊戦法”の前に中原大苦戦。シリーズは3勝3敗で最終局をむかえた。

  将棋のタイトルのうち竜王・名人・王将・王位は、野球の日本シリーズと同様7戦
マッチ(先に4勝したほうがタイトル獲得)で行われる。(他の3つは5戦マッチ)
  そして1局2日がかりで行われる。
  そのシリーズの第7局は、序盤で中原に大悪手。1日目にして形勢が大内に大きく
傾いた。(野球でいえば、3回か4回で10−0、いや20−0くらいか・・・)

  ついに俺は、栄光の名人位を手にした!−1日目の夜、大内は昂ぶる気持ちを押さえ
切れず眠れぬ夜を過ごしていた。
起き上がった大内は、ふと向かい側の名人の部屋を見た。
  深夜にもかかわらず、煌煌と灯かりがついていた。中原もまた、あまりの劣勢に苦悶
の夜をおくっていた。

  断然優勢の大内。しかし、夢にまで見た名人位を前に手が伸びない。チグハグな指
し手が続く。(所謂”プレッシャー”てやつでしょう。)
  そして、ついに痛恨の一手!
  指した瞬間大内は、立会人の塚田九段(故人)にむかって、
”しまった、XXなら勝ちだったでしょう?ね、そうでしょう?”と呟く。まさか、
立会人が対局中に、
”はい、そうですね。”とも言えず、塚田困惑の表情。
  
  結局この対局は”持将棋”−引き分けに終わる。
(え、将棋に”引き分け”があるの?−あるんです。両方の王様が、それぞれ敵陣に
はいって詰ますことが不可能になった時、飛・角を5点として、双方が所定の点数に
達していれば”引き分け”となります。)
  
  ”20−0”が引き分けになったのだ。勝負の流れはどうなったか、言うまでもな
いだろう。
  後日行われた”第八局”、立ち直った中原は大内に完勝。4期連続の名人位を防衛
した。
  以来大内に名人へのチャンスは巡ってきていない。





剃髪の挑戦者 中原VS森

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