将棋の館−盤上のドラマ−/盤上シアター81/剃髪の挑戦者−中原VS森

剃髪の挑戦者−中原VS森


  対大内戦の死闘から3年、永世名人の資格を獲得し、大名人への道を着々と歩み続
ける中原に新たな挑戦者が名乗りをあげる。
  その名は森鶏二。その年A級に昇ったばかりの新進気鋭である。

  普通、棋士はあまり大ボラを吹かない。内心はどうあれ、公の取材などに対しては
”一生懸命やります”とか”胸を借りるつもりで頑張ります”とか、謙虚なコメント
が多い。言ってみれば、”面白くも何ともない”あたりさわりのないコメントである。

  しかしこの時の森は違った。
  ”中原さんは強くない。”
  無敵のチャンピオンに向かって、挑戦者がいきなりこう言ったのだ。
  ”中原さんは強くない。私は彼の将棋を全て調べた。
    対戦相手が、勝手に転んでいるだけだ。私は間違えない。”
  それだけではない、実はこの年の名人戦は主催紙が朝日から毎日に移行した関係で
1年間のブランクがあった。
  森、曰く
  ”俺が名人になるのが、1年遅れた。”
 
  その第1局。森本人以外の全ての人間が、驚くことになる。前日まで、長髪にパー
マをかけていた挑戦者が、一夜あけた当日、何と!剃髪(ツルツルの坊主頭)で登場
したからだ。
  たちまち対局室にピーンと張り詰めた,一種異様な、空気が流れる。どんなに鈍感
な奴がいたとしても、挑戦者のあの姿を見れば、彼の決意がどんなものか、わかるだ
ろう。

  その気合に押されたか、中原の出来は信じられないほど悪かった。森は晴れの大舞
台で、堂々の1勝をあげた。
  終局後のコメントがまた傑作である。誰かが言った。
  ”これで勝負は面白くなった。”
  時の第一人者に挑戦者が先勝したのだ。ごく常識的な意見だろう。しかし、相手が
悪かった。すかさず、森は言った。
                      ・・・・・
  ”これで勝負は面白くなくなったんだ”

  中原にとって苦しい7番勝負だった。しかし、不調だった前半を1勝2敗でのりき
ったのが大きく、後半鮮やかに立ち直り3連勝。4勝2敗で名人戦6連覇を飾った。

  森の初挑戦は実らなかった。彼のために惜しまれるのは第2局。この時も森優勢。
もしこれに勝っていれば、第3局に勝っていただけに無傷の3連勝。将棋の七番勝負
では、3連敗後の4連勝はいまだかつてない。

  森は50を過ぎたいまでも、タイトル戦に登場するなど、活躍をみせている。

  この話には続きがあって・・・実は中原はこの森の剃髪挑戦を不愉快に思っていた
そうだ。
  彼にしてみれば、自分も含め先輩方が築き上げてきた名人戦という舞台を、森個人
のパフォーマンスの場にされたような気がしたらしい。
  しかし彼がそのことを打ち明けたのは、名人戦の後、1年たってからである。
  大人である。もし、名人戦の最中に当事者の一人がそのような発言をしたらどうな
るか・・・
  彼は自分の気持ちを殺して、戦い続けていたのである。
  立派な態度であると思う。
  もっとも、森にも言い分はあると思うが・・・

  そもそも森が坊主になったのは、これが最初ではない。一番最初は彼の修業時代、
奨励会時代の時。
  彼は次の二番、最低でも1勝1敗なら初段になれるところまで来ていた。
  ここで迎えた相手が蛸島彰子、あの初代女流名人で現女流棋士会会長、昔はNHK
の棋譜読み上げをやっていた−、で当時は男に混じって奨励会で修業をしていた。
  女だからとナメたわけでもないだろうが、森は負かされた。ショックが尾を引いて
続く1番も落とし、初段になりそこねた。
  坊主になろうと決めたのはこの時だった。だらしがない自分を戒める意味で・・・
こうでもしなければ立ち直れないとさえ、思ったそうだ。
  効果はテキメンで、次の昇段規定をクリアし見事初段に昇段!
  あの名人戦はその時以来の剃髪だったそうだ。





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