将棋の館−盤上のドラマ−栄冠は光の彼方に!−燃えろ谷川!−/王道制覇

王道制覇


    昭和60年・61年、高橋道雄の評価は谷川以上だったかもしれない。

    昭和58年、谷川新名人誕生後の夏、王位戦の挑戦権を獲得したのは当時五段の高橋だった。(この時、兄弟子の
  米長が谷川宅を表敬訪問し、渋る高橋を強引に一緒に連れていったのは有名な話。)
    時の王位は、前年中原を降し久々の復活をとげた内藤国雄。(中原はこの王位戦の敗戦で無冠になった。)
  ”まだ内藤にはかなうまい”という声をよそに、4−2で大豪からタイトルを奪取した。

    翌年の挑戦者は名人失冠の痛手から立ち直った加藤一二三。敗れはしたが、フルセットにもつれこむ大接戦のシリーズ
  だった。
    しかし翌年、再び王位戦の挑戦権を獲得。何と3期連続の登場。さらにストレートで加藤を降し、タイトルを奪回した。
    マスコミから”王位戦男”のニックネームをつけられた高橋は、翌年兄弟子の米長を挑戦者に迎え、4−0のストレート
  勝ち。強烈な恩返しをしてみせた。そして同時にタイトル獲得3回。A級入りを待たずに、九段資格を獲得した。

    高橋の強さは、その”激情”にあると思う。言葉をかえれば、将棋への熱い想いか・・・
    彼がタイトル戦に登場する前、不本意な敗戦を喫した。
    彼はそんな将棋を指した自分が許せなかった。激しい想いが胸の中をよぎったのか、降りしきる豪雨の中を傘もささずに駆け
  出して行ったそうだ。
    その”激しさ”こそ、彼の強さではないだろうか。

    ”暗黒のブラックホールになりたい”
    タイトルを獲得していた頃、確か雑誌にこのようなことを書いていたと思う。この発言は、”エリート”・誰からも次代を
  担う男と認められている谷川への密かな対抗意識だろうか・・・

    昭和61年の棋王戦、谷川vs高橋は棋界初の20代同士のタイトル戦。時代は確実に動いている。
    そして20代決戦を制したのは高橋!王位に続き2冠を獲得、中原(名人・王座)と並んだ。

    敗れた谷川には、痛みの残る敗戦だったようだ。
    中原や米長に負けるのとは違う。彼らは大先輩であり、今は勝てなくても近い将来の目標としている棋士である。
    高橋の強さは認めていただろうが、やはり自分よりも後輩であり、よもや遅れを取るとは思っていなかっただろう。
    −先輩達の牙城は未だ崩せず、後輩が追い抜いて行った。−
  ”あんなに大好きだった将棋が・・・今は盤の前に座るのがつらい・・・”
    谷川の胸中を、いいようもない挫折感がうずまいていたことだろう。

    しかし谷川は立ち上がった。不屈の闘志で!
    彼は冷静に自分を分析した。そして”マンネリ”に陥っている自分を発見した。彼は得意戦法の矢倉を封印し、角換り腰掛銀
  に活路を求めた。
    と、文章にすると簡単に書いてしまうが、これがどんなに勇気のいることか考えてほしい。いわば今までの勝負球を捨て、新た
  な決め球を使うようなものだ。
    まして角換り腰掛銀は、当時はまだ指す人がほとんどおらず、果たして優秀な戦法なのかは未知数だった。
    が、彼とこの戦法はベストパートナーだったようだ。前年煮え湯を飲まされた高橋を、夏の王位戦・冬の棋王戦で連破!自身初
  の二冠王となった。
    さらに翌年の名人戦では、目標の中原をついに降し、名人カムバックを果たした。同時に史上5人目の三冠王となる。
  (もっとも、王位戦で森、棋王戦で南に敗れてしまうのだが・・・)
  
    年号が平成にかわり、谷川の快進撃が始まる。
    平成元年は、名人戦で米長の挑戦を受けた。下馬評では苦戦をウワサされたが、ふたをあけてみれば4−0のストレートで名人
  位防衛。谷川は、目標である中原・米長を倒し通算4期の名人位。永世名人にあと1期と迫った。
    王位戦では、森へのリターンマッチを決め、4−2でタイトル奪回し二冠王に返り咲く。
    
    翌2年度。
    永世名人をかけた名人戦は、中原の執念に屈す。(しかもこのあと永世名人への道のりは、長くて苦しいものだった。)
    夏の王位戦の挑戦者は大器佐藤康光。弱冠二十歳のこの新鋭との七番勝負は、下馬評が全くの互角、苦しい戦いを強いられたが
  最終局に”棋神の寄せ”を発揮。ギリギリでタイトル防衛を果たした。
    秋・・・王座戦で中原からタイトル奪取!そして注目の竜王戦では羽生との対決!格の違いを見せつけ4−1でタイトル奪取!
    再び三冠王に!
    
    3年度。
    挑戦者に実力者中田宏樹をむかえた王位戦は、出だし2連敗の大苦戦。防衛に黄信号がともったが、その後4連勝!辛くも防衛
  を決めた。
    秋の王座戦は、妖刀福崎の前にタイトル防衛失敗。しかし竜王戦で若手森下の挑戦を退け,後期棋聖戦では南からタイトル奪取す
  る。
    そして冬。王将戦で南を降した谷川は、史上4人目の四冠王となった!プリンスからキングへ!谷川は王道を制覇した!
    
    しかし・・・残念ながら、谷川はこの後五冠・六冠となることはなかった。
    脅威の怪物・羽生善治が驚異的なスピードで成長を遂げ、谷川に戦いを挑んできたのである!

   ※佐藤康光との死闘はここ

試練の時

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