将棋の館−盤上のドラマ−/想いをはせて・・・/坂田三吉が見たもの・・・

坂田三吉が見たもの・・・


 昭和12年、久しく中央棋界から断絶していた坂田三吉と、次期名人候補の木村義雄
との一戦が、南禅寺で行われた。  当初、坂田サイドからの対局の申し込みに、将棋大成会は難色を示していた。  当時第1期実力名人を決めるリーグ戦の真っ盛り。木村は初代実力制名人の最右翼。  もしも木村が坂田に負けたら、実力制名人に何の意味があるのか・・・  話を聞いた木村は、”たとえ個人の資格(つまり大成会を脱退してでも)でも指したい。”  そしてその著書で曰く、”もし坂田氏に敗れたなら、たとえ実力名人の資格を得ても、 男として名人位は受けられない!”と。  まさに不退転の決意で臨んだ対決だった・・・  木村の初手、▲76歩に対し、坂田は△94歩。  この2手目94歩の意味は?長らく謎とされている。  坂田はこの手に関して、”この手の意味は、のちの人達がわかる。”と言ったとか・・・  最近、米長邦雄永世棋聖はこの手に関して、”現代の後手一手損戦法と同じ考え方”と 表現している。  曰く、”ようやく現代の棋士が、坂田氏に追いついた”と。  なるほど・・・しかし、坂田はこの一戦、木村に敗れる。たぶん坂田は、”一手損”の 構想自体は持っていたが、具体的にどう指し進めればいいかは、わかっていなかったのだ ろう。木村の速攻を浴びて敗れる。  坂田は”絵”を描ききれなかった。現代の棋士たちは、坂田が残したこの絵をかきあげる ことが出来るだろうか・・・  
今年も・・・将棋界の一番長い日へ

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