将棋の館−盤上のドラマ−/想いをはせて・・・/最高段位と勝星昇段

最高段位と勝星昇段

 
 かねてから思っていたことがある。それは勝星昇段に関してである。これは確かに必要なことだと思う。
大所帯で年に2,3人しか上がれない順位戦だけの結果だけで、昇段が決定されるべきものではないと思うし、
現にクラス以上の段位を持つ若手達は、今や枚挙にいとまがないくらいだ。彼らは毎年活躍し、クラス以上の
実力者と言っていいと思う。
 しかしだ・・・すでに盛りをすぎた、というよりデビューしてから全然活躍してない人も、ある程度の年数が
たてば昇段できる。これはこの制度が発足した時から言われていたことだ。
 まあしかし、僕も最近はこの点はある程度仕方ないかなと思っている。プロになってある程度の年数がたっている
ということは、将棋連盟に対しある程度の貢献をしているだろうから。それにたとえ棋戦での活躍があまりなくても
将棋の普及に関して、貢献しているかもしれない。
 日本人は権威に弱いというか、将棋ファンは結構”段位”を重視しているようだ。
 ”あの先生まだ○段か”などと言われては普及活動もしづらいかもしれない。
(しかし、もはやそんな人は”トーナメントプロ”ではなくて”レッスンプロ”である。)
 まあいいですよ。認めてあげますよ、そこまでは。
 でもね、最高段位である九段まで、勝星だけで上がれるというのはどうしても納得できない。
 中原・米長・加藤・内藤・谷川等・・・彼らが全くタイトルを取ったこともない人と同じ九段だなんて許せない。
 しかし、現状そうなってしまったからには仕方ない。この上は最高段位を十段にしていただきたい。
 ”十段”というと僕と同年代・または年長者の方は、かつての”十段位”を連想し戸惑うかもしてないが、じきに
なれます。”九段”だってタイトルだったんだから。
 現に淡路さんは言っていた。
 ”内藤先生が僕らと同じ九段だなんて畏れ多い。内藤先生や中原先生などは是非十段を名乗っていただきたい。”
と。
 こころある人は、わかってくれているのである。
 無論十段を差し上げる方には、厳しい基準がある。私としては、かつて九段になるための基準だった
ポイント制がいいと思う。
 A級在位1期で○点、タイトル獲得で○点、タイトル挑戦で○点・・・等で規定の得点に達したとき十段とする
のである。
 これならタイトルを獲得したことがなくて、最高段位に達した方がいても納得できる。
 ちなみに観戦記者の東公平先生も”最高段位を十段に”という点では、僕と同意見のようだ。(以前先生のHP
に掲載されていた。)
 東先生は現役中に”永世XX”と名乗ることがイヤで、もし永世称号資格者が無冠となった場合、十段を名乗る
べしというお考えだったと思う。
 確かに永世称号というのは、本来引退後に襲名すべきものだから、一理あるお考えだと思う。

(この記事は2000年3月22日”つぶやき”より再掲しました。)  

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