将棋の館−盤上のドラマ−/勝負師金言集/男が惚れる男!谷川語録

男が惚れる男!谷川語録


1.”名人位を1年間預からせていただきます”
 史上最年少名人獲得後の記者会見で・・・彼らしい言葉。彼の言動というのは、全てこの言葉に集約されるような
気がする・・・
2.”やっと並の名人になれました”
 森安九段の挑戦を退け、名人位初防衛。しかし、彼の苦悩はこの時から始まっていた。翌年中原王将(当時)が
満を持して挑戦。名人失冠後の三年間の鬱積を叩きつけるような勢いの前に、2−4で敗れる。
3.”ファンの皆さんにも、羽生さんにも申し訳ない”
 羽生七冠誕生直後のコメント。どうして負けたほうが、こんなに気をつかわなきゃいけないんだ!
”谷川浩司”とはこういう男である。
4.”半年前の無冠を考えると夢のようです。また5時間前を振り返っても夢のようです。”
 第55期名人戦第6局、苦戦の将棋を逆転勝ちで永世名人に・・・
5.”あんなに大好きだった将棋が・・・今は盤の前に座るのがつらい・・・”
 昭和62年、棋王戦で高橋に敗れついに無冠。先輩達の牙城は崩せず、高橋を筆頭に同年代の強豪達が台頭を
始める。谷川、不遇の時代。
 こんなとき、彼はどうしたか。彼は得意戦法の矢倉を捨て、角替り腰掛銀に活路を見出した。実に勇気のある行動だと思う。
 翌63年(年度は62年度)の棋王戦、高橋を降しタイトル奪回!
6.”自分で責任を取ります”
 1996年六冠王羽生、七冠を目指し谷川の最後の牙城、王将位に挑戦!
羽生の独占を許したのは自分の責任−羽生の挑戦を受けてのインタビューに答えたもの。
 夢の七冠VS意地の七冠阻止!
 阪神大震災(谷川は被災する)、最終局での千日手・・・いろんな意味で棋史に残るであろうシリーズは、

谷川の執念が勝り、4−3で羽生の野望を退けた!  

7.”今までしてきた努力がかわいそう”
 ”天才と呼ばれることにどう思いますか”の問いに答えて。
羽生さんの回答と比べてみて下さい。両者の違いがよくでています。
 
8.”ゴキブリに生まれたら忌み嫌われなければならない。

人間に生まれてきたのだから、好きなことをやらせてあげたい。”

谷川兄弟の父君の言葉。お二人の父君は僧籍にあるという。
それゆえの言葉だろうか。素晴らしい。
9.”昨年と同じでは、屋敷さんに申し訳ありませんからね。”
今期(2000年)の王位戦挑戦者決定戦は、昨年同様谷川vs屋敷の対決。そして結果も昨年同様谷川の勝ち。
だが昨年の王位戦、谷川は羽生にストレート負けを喫した。屋敷の胸中を思いやった、谷川ならではの優しさか。
 ”○○さんやファンの方に申し訳ない”・”神戸のために・・・”谷川発言によくでくるセリフである。
 だがこのことをして、”勝負師・谷川の限界”という人達がいるそうだ。
 それがどうした!これが谷川浩司だ!
 こんなセリフをきかせてくれるのは谷川さんしかいない。
  たとえこれが彼の弱点であったとしても、完璧な勝負師である前に、ひとりの人間として、相手の心情を思いやる、
そういう谷川さんであってほしい。
 
10.”今はしばらくこの喜びをかみしめたい。”
羽生の七冠を阻止した直後に。これほど素直に胸のうちが語られている言葉も他にないでしょう・・・
 
11.”うちでは特に変わったことはしていません。浩司のことを礼儀正しい と言って下さるのなら、それは将棋界に入ってまわりの皆さんに教えていただいたからでしょう。”
これは谷川兄弟の母上の言葉。本当に、この家族には言うべき言葉がみつからない。
素晴らしいですね。
 
12.”早く終盤になればいい。”
若き日の谷川少年の言葉。すでに若い頃から終盤戦には絶対の自信を持っていたが故の発言。しかしプロは誰でも
プライドを持っている。この発言に激怒した中堅棋士もいたとか・・・
 
13.”羽生さんの強さは、私が一番良く知っている!”
羽生さんに対するコメントを求められて・・・
 



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