将棋の館−盤上のドラマ−/棋界エピソード集/習う心

習う心


 棋聖戦が年2回のタイトル戦だった頃の、昭和48年(1973年)後期棋聖戦。

 初防衛に燃える米長邦雄に、内藤國雄が挑戦者の名乗りをあげた。

 丁度その頃、”タイトル獲得3回で九段に昇段”という規定が作られたばかりだった。

 内藤はその時タイトル2期。

 もし米長から棋聖位を奪取すれば、その規定での九段第1号となる。

 リップサービスも兼ねてだろうが、開幕前の抱負では両者気合をにじませていた。

 ”今回は私にも都合がありますから。(九段昇段のこと)棋聖位はいただきます。”

と、内藤が言えば、そのコメントを聞いた米長は、

 ”日頃は仲が良いのですが、今回は許さんという感じです。一方的な私の勝利に終わるでしょう。”

と、やり返す。

 いざ蓋を開けてみると、米長が開幕2連勝!

 初防衛は堅いかと思われた。

 そんなある日の内藤家での出来事。

 ”もうこの子の前では何も言われへん。”

と内藤夫人がこぼしている。

 どうしたのかと、内藤が問えば、末のお嬢さんの習い事がブッキングしてしまい、

どちらに行こうかと悩んでいたところ、内藤夫人が

 ”月謝の高い方に行きなさい。”

と言ったらしい。

 ところがその顛末を、お嬢さんは学校の作文に書いてしまったそうだ。(苦笑)

 ”お父さんは将棋を習ってるの?”

と無邪気に尋ねる娘に、

 ”いや、お父さんはね、”

 将棋を習ってるんじゃなくて、教えているんだよ、と答えようとして、内藤はハッとした。

 勝とうと思う気持ちが強すぎ、力みになっているのではないか・・・

 いつしか自分は、対戦相手から将棋を習う気持ち、学ぶ気持ちを忘れていたと・・・

 第3局はヨネさん(米長のこと)に将棋を習う気持ちで指そう、と決意する。

 ”習う心”を取り戻した内藤は、第3局から3連勝!

 大逆転で棋聖位を奪取し、九段昇段を果たした。

 無邪気な幼い娘の一言が、父親にタイトルと昇段をもたらしたと言えよう。



追記:後年このエピソードに関して米長は、

 ”やっぱり、ああいうこと書かれちゃうとツライよね。”

 この気持ちはわかるような気がする。

 別に内藤には他意はないのだが、

 ”内藤には習う気持ちがあったから勝ち、米長にはなかったから負けた。”

 というふうに、思われかねないもんね。

 やっぱり、負けるってツライんだよね。



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